》せてゆき、少川の市《まち》に泊《とま》つた。よし來たとばかりに奪《と》りにいつたのが大女、昔から女でも總身に智惠がまはらなかつたと見えて、小女女史が豫備に熊の葛練《くずねり》の鞭を二十段も隱し持つのを知らなかつた。
 狐氏の大女は蛤を盜つて賣らしてしまつてから、何處から來たといつた。蛤主不答。四度目にはじめて答へたが、來しかたを不知《しらず》とやつたので、狐氏の大女が、不禮者とばかり蛤小女を打つた。一つぶたせて二の手を待つて、待つてゐましたとばかりその手を捉へ、熊葛鞭《くまくずむち》でピシリとやつた。鞭に肉が附いてきたといふその勢ひで、もひとつ、もひとつ、もひとつ、十段の鞭、打つに隨つてみな肉着くといふのだから、狐氏の大女も音《ね》をあげて服也《ふくすなり》、犯也《おかせしなり》、惶也《をそるるなり》、とあやまつてしまつた。蛤小女その時昂然として、自今|此市《このまち》に強て住まば、終に打殺さん也と威《おど》したところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼|市《まち》の人總て皆悦んだといふ。
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 こんな話を、よく覺えてゐたと思ひながら、何から思出したかと思ふ
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