と、一昨夜、夜通しで、岡本綺堂氏の支那怪奇小説集を讀んだからだつた。金《きん》の時代とあるなかに「樹を伐る狐」といふ小話が興味が深かつたので、それから思ひ出したものと見える。この支那の狐の話は、狐を捕《と》るのを商業にしてゐた男が、一羽の鴿《はと》を餌にして、古い墓の下に網を張り、自分は大きな樹の上に居ると、夜更けて狐の群がここに集つて來て、人のやうな聲を出して樹の上の男を罵つた。
 まじめな百姓業も出來ないで、明けても暮れても殺生ばかりしてゐる――貴さまの天命も盡きたぞ、樹を引き倒すぞ。と罵り合ひ、鋸で幹を伐る音をきかせ、釜の火を焚け、油を沸かせと、油煎《あぶらい》りの計畫をしてゐる。だが、夜が明けると狐どもは立去り、樹を降りると幹には鋸の痕《あと》もなく、そこらに牛の肋骨《あばらぼね》が五、六枚おちてゐた。化かされた彼は怒つて、その晩爆發藥をもつていつて、また樹の下へきて罵る狐どもの頭の上へ、火をつけた爆發藥を投げつけたといふのである。
 我國では釜煎りは石川五右衞門によつて名高いが、支那では狐でも知つてゐるし、その化かしかたも深刻であるのと、この狐の群と樹の上の男とをこのまま一幕ものにしても面白いと考へながらねむりについたので、こんな戲話を書くよすがとなつたものと見える。
[#地から2字上げ](「週刊朝日」昭和十一年三月一日)



底本:「桃」中央公論社
   1939(昭和14)年2月10日発行
初出:「週刊朝日」
   1936(昭和11)年3月1日
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年12月7日作成
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