著者はそう言っている。
彼女は猛烈に愛した。彼女はその恋愛によって抵抗力を増した。けれど抱月氏の立場は苦しかった。総《すべ》てのものが前生活と名をかえてしまった。家庭の動揺――文芸協会失脚――早稲田大学教職辞任――
彼女にも恩師であった坪内先生の、畢世《ひっせい》の事業であった文芸協会はその動揺から解散を余儀なくされてしまった。島村氏も先生にそむいた一人になった。
嫉視《しっし》、迫害、批難攻撃は二人の身辺を取りまいた。抱月氏の払った恋愛の犠牲は非常なものだったが、寂しみに沈みやすいその心に、透間《すきま》のないほどに熱を焚《た》きつけていたのは彼女の活気であった。そして抱月氏が生《いき》る道は彼女を完成させなければならなかった。かなり理解を持っているものですら、学者は世間見ずのものであるが、ああまで社会的に堕落してゆくものかとまで見られもした。貨殖《かしよく》に忙《せわ》しかった彼女が種々《いろいろ》な客席へ招かれてゆくので、あらぬ噂さえ立ってそんな事まで黙許しているのかと蜚語《ひご》されたほどである。「緑の朝」のすぐ前に、歌舞伎座で「沈鐘《ちんしょう》」の出されたおり楽屋のも
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