になりたいが鼻が低いからとしきりに気にしていた。そこで某氏はパラフィンを注射した俳優に知合《しりあい》のある事をはなして、そんな例もあるから心配するにも及ぶまいというと、彼女はその俳優の鼻が見せてもらいたいといいだしたので連れてゆくと、やっと安心してその後注射した。
鼻の問題ではも一つ面白い挿話《エピソード》がある。佐藤(田村)俊子さんが、文芸協会の女優になろうとしたことがある。女史は充分に舞台を知っているうえに、遠くない前に本郷座《ほんごうざ》で「波」というのを演《や》って、非常な賞讃を得た記憶が新しかったから、気まぐれではなかったのにどうしたことか中止してしまった。ある日そのことを言出して、噂《うわさ》は嘘だったのか本当だったのかと聞くと、
「嘘のことはない。やろうと思ったから行ったのだけれど中止《やめ》にしてしまったの。だって、須磨子の鼻を見ていたら――鼻の低いものが寄合ったってしようがないじゃないの」
あの女史はポンポンと言ってしまったけれど、口のさきと心の底と、感じたものとおなじであったかどうかはわからない。感覚の鋭い女史が、激しい気性の須磨子と上になることも下になること
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