さして頂きたいようです。
奥様、役者ほどみじめな者は御座いません。共稼《ともかせ》ぎほどみじめな者はございません。私は泣いてはおられずあとの仕事をつづけて行かなくてはなりません。今の芝居のすみ次第飛んでいって泣かして頂きたいのですけれども、仕事の都合でどうなりますやら……
奥様、私の光りは消えました。ともし火は消えました。私はいま暗黒の中をたどっています。奥様さっして下さいませ。
[#ここで字下げ終わり]

「私は臆病なため死遅《しにおく》れてしまいました。でも今の内に死んだら、先生と一緒に埋めてくれましょうね」
 笑いながら、戯言《じょうだん》にまぎらしてこう言ったのを他の者も軽くきいていたが、臆病と言ったのは本当の気臆《きおく》れをさして言ったのではなくって、死にはぐれてはならない臆病だったのだ。適当の手段を得ずに、浅間しく生恥《いきはじ》か死恥《しにはじ》をのこすことについての臆病だったのだ。一番容易に死ぬことが出来て、やりそくないのない縊死《いし》をとげるまで、臆病と自分でもいうほど、死の手段を選んでいたのだ。
 座の人たちが思いあたることは、この春の興行に、「ヘッダガブラア」
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