――黒っぽい透綾《すきや》の着物に、腹合せの帯、襟裏《えりうら》も水浅黄《みずあさぎ》でしたってね。そうだ、帯上げもおなじ色だったので、大粒な、珊瑚珠《さんごじゅ》の金簪《きんかんざし》が眼についたって。」
朝、目が覚めて、蚊帳《かや》から出た時に、薄暗い庭の植込みに、大輪な紫陽花《あじさい》の花を見出すと、その時の九女八のおでんが浮びあがるといったことや、それは、浅草|蔵前《くらまえ》の宿で、病夫浪之助を殺して表へ出た時の着附《きつけ》だったか、捕《つか》まる時のだか、そんなことはもう、朧《おぼろ》げになってしまっているといってたのを、はなした。
「お師匠さんは、あんな役、厭《きら》いなんでしょ。」
「まあね、いって見れば、あたしは、女団洲と呼ばれたくらいだし、自分でも、団十郎《くだいめ》のすることの方が好きだから――わかりもしないくせに、高尚ぶってるといわれたりしたけれど、もともとお狂言師は、生世話物《きぜわもの》をやらなかったからねえ。それが癖になってて、新世話物《ざんぎり》に行けなかったのかも知れない。」
――けど、おかしいわ、ちっと――
そうそう、新入門の、とし子さんな
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