のを嫌《いや》がっている九女八《くめはち》は、銀のべの煙管《キセル》をおいて、鏡台へむかったが、小むずかしい顔をしている渋面が鏡に写ったので、ふと、口をつぐんだ。
七十になる彼女は、中幕《なかまく》の所作事《しょさごと》「浅妻船《あさづまぶね》」の若い女に扮《ふん》そうとしているところだった。
「お師匠さん、ごめんなすって下さい。華紅《かこう》さんが、他《よそ》のお弟子さんと間違えられたのですよ。」
「静《しい》ちゃん、その娘《こ》に、ばかな目に逢わないように、言いきかせておくれよ。」
九女八は、襟白粉《えりおしろい》の刷毛《はけ》を、手伝いに来てくれた、鏡のなかにうつる静枝にいった。根岸の家にも一緒にいる内弟子の静枝は、他のものとちがって並々の器量《うつわ》でないことを知っているので、
「静《しい》ちゃん、あすこの引抜きを、今日は巧《うま》くやっておくれ。引きぬきなんざ、一度覚えればコツはおんなじだ。自分が演《や》るときもそうだよ。」
静枝は――後に藤蔭《ふじかげ》流の家元《いえもと》となるだけに、身にしみて年をとった師匠の舞台の世話を見ている。
名人と呼ばれ、女団十郎と呼ば
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