が三人ある、畏《おそ》れ多いが神功《じんぐう》皇后様を始め奉り、紫式部、それから九女八だと仰しゃったそうだが――」
と、たいして親しくもない男へも言いかけたい気がした。
 家《うち》では九女八が、訪問者へ、こんなふうな懐古談をしているときだった。
「母が再縁いたしますと、養父が自儘《じまま》な町|住居《ずまい》をしているような、道楽者の武家でして、私は十六の年、小石川水道町で踊の師匠をはじめました。ええ、私がごく小さい時分に、両国におででこ芝居がございましたのと、妥女《うねめ》が原《はら》に小三《こさん》という三人姉妹の芝居があり、も一つ、鈴之助というのがあっただけで、これらは葭簀張《よしずば》りの小屋でございますから、まあ私どもが、芝居小屋でやりました女役者のはじめのようなもので――初開場? 薩摩座《さつまざ》の出勤には、政岡と仁木。その次が由良之助でございました。」
 語りさして、彼女もふと、白い雨のこぼれてくる、空を見上げていた。



底本:「新編 近代美人伝(下)」岩波文庫、岩波書店
   1985(昭和60)年12月16日第1刷発行
   1993(平成5)年8月18日第4刷発行
底本の親本:「春帯記」岡倉書房
   1937(昭和12)年10月発行
初出:「東京朝日新聞」
   1937(昭和12)年6月23〜29日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2007年4月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全13ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング