、眞つ赤に逆上《のぼ》せ、一たいにデリカな性質なのを知つてゐるので、私の方が案じてゐたのだが、彼は考へ深くさう答へた。
 この優しい氣持のひとり息子は、皮膚も人並より弱いので、彼の母親は、先達てからしきりに太陽燈をかけさせてゐた。外科の博士である彼の父は、健康増進の注射を、毎晩手づからしてやつてゐた。兵隊になつたら強く――國を辱しめるな、といふのが、何處の親にも共通した心持であらうが、親々の氣持は複雜であらう。
 あたしはまた、預つた甥が、病弱な母の體から生れ來て、生後六十日目に、膓捻轉をしたりして、不思議に助かりはしたが、ありとある病氣といふ病氣に、抵抗力のなかつた彼が、元氣な、ガツシリとした體となつて、非常時の今日、國を守る兵の一人となつてくれた、その廿五年間を飛越して、早く死歿《なくな》つた彼の若い母が、彼を生んだとき私の手を握つて、しぼるやうに陣痛をこらへたので、あたしの中指にはめた指輪がまがつて、指と指の間にはさまり、ダイヤが次の指の肉に喰込んでしまつた痛みを、ふと思ひ出しもするのだつた。
 若い母親が、これ一ツを殘すために生れて來たやうな、短い一生涯を果すと、わたくしは、わ
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