四人の兵隊
長谷川時雨
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)迦陵頻伽《がりようびんが》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一番|幸福《しあはせ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)はいつて[#「はいつて」は底本では「はついて」]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ホク/\
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出征文人の一員、林芙美子のリユツクサツクのなかへはいつて[#「はいつて」は底本では「はついて」]、わたしの心持も行くといふと奇矯にきこえるが、わたくしの兵隊さん慰問文が、おぶつていつてもらふことになつた。思ひがけない嬉しさなので、どうしてもそのことから書かなければ氣がすまない。
芙美子は電話で優しくいつてくれた。五通ばかりお書きなさい。よい場處へ、畫鋲で貼つて來てあげます。
それをきいた時の感は、迦陵頻伽《がりようびんが》の聲とは、かうもあらうかと忝けなかつた。含みのある、美しき情《なさけ》に富んだ聲音《こはね》――きくうちに、わたしの心は、花が開くときもまたかうもあらうかと思ふ、和《やは》らぎにみたされた。
――好い娘《こ》をもつた。
そんなふうにホク/\した。娘《こども》といつてわるければ、優しい姪がいつてくれるやうな、ポタ/\した、滋味のしたたるやうな嬉しさだ。翼の強い若鳥が、木の實をついばんで來てくれるのを、好い氣になつて孝養をうけてゐるやうな有難いものだつた。
あたしは幸福《しあはせ》ものだ、おもひまうけない戰地へ、前線へ、慰問の手紙をもつていつてもらへる。そして、それが、多くの兵隊さんの目に觸れるやうにしてもらへる――
あたしの心は嬉しさに濡れてゐる。戰場には、やはり、子とも兄弟とも、甥とも思ふ人たちばかりで一ぱいだ。そこへ、あたしの慰問文が貼つてもらへるのだ。なんと書かうかと、幼兒にかへつたやうに、そればつかり考へてゐる。
幼少のをり、何處か、よいところへ連れて行かれようとすると、傍《はた》の者が、おつむ(頭)に乘つて行かうだの、おせなにくつ付いて行かうの、たんも(袂)へはいつて一緒に行かうかな、などといつたことまで思ひ出して、慰問文は、小學生の作文のやうに書きたいと、いそいそしてゐる。
にこにこしてゐる日は、にこにこすることが重なるもので、重い
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