長谷川時雨

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)磨《と》いで

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(例)[#地から2字上げ](「大阪毎日新聞」昭和九年十二月)
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 秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。
 臺所では、お米を磨《と》いでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア水音をさせて、箒をつかひながら、これも元氣な聲で、まけずに郷土《くに》の唄をうたつてゐる。私は細目に、玄關の障子をあけてみた。
「冬子は見えてをりませうか?」
 洋服で、骨の折れた傘を、半開きに、かしげてゐた。
「戸澤ですが――」
 と、中年の、小柄な男は、小腰をかがめて上眼づかひにいつた。
「冬子が、あがつてゐないとすると、大變なことになりました」
 私は格子をあけて、その人を迎へ入れなければならなかつた。
「大變なことと、おつしやると――」
「あれは、死んでゐます」
 これは變だと、さう聞いた刹那に思つた。だが、その人は、眞劍で、青白い顏に、オドオドした大きな眼が、うつろで、まぶ
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