。彼女の夫は、熱心に電話帳を繰つてゐる。
と、門の潜戸があいて、敷石を蹈んでくるヅツシリした靴の音は、彼女のものだつた。私は、口のうちであつといつて、そこで、物凄い爭鬪が起らなければいいがと、逞しい彼女の腕を、目に見た瞬間、いとも朗らかに、彼女は叫んだ。
「あら、來てゐるの?」
彼は、上衣のポケツトへ兩手を突つぱらして、そして、毛絲のセーターの濡れてゐる、彼の妻を見詰めた。
「厭だわ、なんだつて、來たの」
「なんだつてつて、僕は、何もかも申上げちやつた」
「あらま、呆れた」
彼女が睨んで、笑ふと、かねて彼女からよく聞かされてゐる、英雄であるはずの彼は、從順にはにかんで、連れ立つて、一つ傘で歸つていつた。
[#地から2字上げ](「大阪毎日新聞」昭和九年十二月)
底本:「桃」中央公論社
1939(昭和14)年2月10日発行
初出:「大阪毎日新聞」
1934(昭和9)年12月
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年1月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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