と聞いていた人の名をいって見た。
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ゆきずりの、我小板橋《わがこいたばし》しら/\と、
一重《ひとえ》のうばら、いづくより流れかよりし、君まつと、ふみし夕べにいひ知らず、しみて匂ひき――
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と、私は口のうちで、石《いそ》の上《かみ》露子の詩をうたって見ていた。
それを、大きな掌《てのひら》は、遠くからおさえるように動かされて、
「あれは美人じゃからなあ――石河《いしかわ》の夕千鳥には、彼女の趣味から来る風情《ふぜい》が添うが――わしが、今感心しておる女子《ひと》は、箏《こと》のこととなると、横浜から、箏を抱いてくる。小いさな体《からだ》をして。」
ちいさな、というのに力を入れて、丁度|絃《いと》の締まった箏を、軽々《かるがる》と坐ったまま、ぐるりと筆規《ぶんまわし》のように振りかえた便次《ついで》に、抱《かか》えるようにして見せた。
「こんなようにしてじゃぞ。」
私の顔は笑っていたに違いない。鼓村師は割合、細心なところもあるので、箏を振り廻したのを、乱暴したように笑っているのだとでも思いもしたように、豪放のような、照れたような笑いに、
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