が先刻《さっき》飛んでしまったのじゃけど、妙な、不思議な女子《おなご》で――」
と、指を湿らせる合間《あいま》に、水をほめる前に、先刻話しかけたつづきを、思出したようにいうのだった。
「わしも、いろんな弟子《でし》をもったが、その女子《おなご》ほどの名手は、実際会ったことがないほどで、それが、こっちから訊《き》かなければ何も知らんふりをしているが、なんでも弾けるのでなあ、忘れてしまうと、わしのものを、わしが教えてもらうので――いや、ほんのこっちゃ。」
鼓村師は、自分の作曲したものでも、自分で忘れた部分は、爪音《つまおと》をとめて、絃《いと》の上に手を伏せたまま唄《うた》っていることがある。感興が横溢《おういつ》すれば、十三弦からはみ出してしまうほどの、無碍《むげ》の芸術境に遊ぶ人だった。
「では、河内《かわち》の国、富田林《とんだばやし》の、石《いそ》の上露子《かみつゆこ》さんとどっちが――」
かつて、雑誌『明星《みょうじょう》』の五人の女詩人、鳳晶子《おおとりあきこ》、山川登美子、玉野花子、茅野雅子《ちのまさこ》と並んで秀麗《うつく》しい女《ひと》であって、玉琴《たまごと》の名手
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