へおりて見ると、小篠《こざさ》の芽が、芝にまじって、健《すこ》やかな青さで出ていた。そのかげを赤い小蟹《こがに》が、横走りに駈《か》けたり、鋏《はさみ》で草を摘んで食べている。
 浜子さんの噂をあんまりしたが、あれで、鼓村さんに浜子という人の並々でない気性がわかってもらえたかしらと、かいなでの弟子と見てもらいたくない気で、よけいなおしゃべりをしたのが、軽い憂鬱《ゆううつ》でもあった。
 彼女の家《うち》は、横浜の、太田|初音町《はつねちょう》の高台にあって、彼女の書斎の二階からも、下の広間の椽側からも、関内《かんない》のいらかを越して、海が遠くまで見えるのを思ったりしながら、わたしは、蟹を下駄のさきでおどろかしていた。

       二

 新富町《しんとみちょう》の新富座の芝居茶屋《おちゃや》に――と、いっても、震災後の今日《こんにち》では、何処《どこ》のことか解りようがない。
 銀座から行って、歌舞伎座の次の橋を越して、も一ツさきに築地橋《つきじばし》という電車の止まるところがある。
 この、築地橋の下を流れる川の両岸は、どっちから行っても佃島《つくだじま》へむかう、明石町河岸《
前へ 次へ
全63ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング