したものね、気むずかしい方《かた》に、実によく勤めていました。」
衷氏が歿《な》くなった時のお通夜や、仏事の日などは、ありとある部屋に、幾組といってよいかわからぬほどのお客をして接待した欣々女史、その新盆《にいぼん》には、おびただしい数の盆燈籠《ぼんどうろう》を諸方から手向《たむ》けられたのを家中の軒さきから廊下から室内《へやのなか》の天井へずっとかけつらねさせたという、豪華なことのすきな彼女が、練馬の新築の家では、夜になるとピンピン、キシキシと、木材のひわれる音に神経を悩まして、いやだというように弱くなってしまったとは、美貌の誇りと、栄華の夢のさめぎわの、どんなにさびしいものかという底に、それよりほかの根はなんにもないであろうか? あたしは否《いいえ》といいたい。
それは派手な気質もあったであろうが、あれだけの珍しい才能の人に賑《にぎ》やかしにばかり反《そ》れていった一面も見なければならない。あたしははじめてあったあの宵節句《よいぜっく》の晩の感想を、こんなふうに書きつけてある。
――まだ春寒い夜更《よふ》けの風に吹かれて門を出ながら、しみじみと、この華やかな人の心のかげに潜む、どうしても払うことの出来ない、人世の果敢《はかな》さというものについて考えさせられた。
そしてまた想《おも》って見た。真の幸福をつかむものには寂しさがあろうかと――。
底本:「新編 近代美人伝(下)」岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年12月16日第1刷発行
1993(平成5)年8月18日第4刷発行
底本の親本:「婦人公論」
1938(昭和13)年4月
初出:「婦人公論」
1938(昭和13)年4月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2007年4月10日作成
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