離しがたいものが入れてあつて、毎日蓋をあけると、無言に對話してゐた馴染ぶかい品《もの》に、居處《ゐどころ》を明《あ》けさせたのだから、ね、みんなすこしの間、この香箱《おうち》ね、繭さんにかしてあげてねと言ひきかせたりしたものだつた。
 繭をもらつて來たはじめは、捨ててしまへといはれると大變だから、家のものに内密《ないしよ》で袂へいれてゐたのだが、轉がして落してしまふといけないと、懷へ入れてゐたならば、はねが生へて飛び出しはしないかと、すこしばかり蠶のことを知つてゐるといふ、小さい女中がこつそり言つた。だが、この小さい女中の鑑定では、たぶんこの繭は、振つて見ると音がするから生きてはゐない、何時《いつ》までもこのままだといふので安心して、香箱へ入れておいて、時々見ることにしたのだつた。
 ある日、藏座敷《くらざしき》のうすくらがりで、そつと箱の葢をとつて覗くと、黄色つぽい蛾が二ツバサ/\と忙しなく香箱の中を駈け※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐて、私をおどろかせた。蟲類のきらひだつたあたしといふ子供は聲をあげて、呪魔《まじゆつ》の凾をあけたかのやうに騷いだ。
 都會の子供は、蠶の出來るじゆんじよを知らなかつたのだ。蠶に桑の葉をやることは、實物をしらずに繪などで見ただけだつた。繭になるといふことも、どうやら知つてゐたがそのまた繭から蝶が飛出すことなどは、夢にもしらなかつたので騷いで、捨てられてしまつた。空になつた香箱をながめて泣いた。説明されても、香箱の中へ蠶をうませるのだとせがんだものだつた。養蠶をする田舍でも、種紙《たねがみ》といふものは中々つくれないのだし、第一桑の葉がなければ、蠶のおまんまがないと、老母《としより》がきかせてくれたので、穴があいて、蟲が飛出してしまつた繭を、うらめしく、つくづくと見つづけてゐたものだつたから、そんな事を思ひだしながら、小學生たちに、彼等の手のとどかない、高いところの葉をとつてやつた。
 ここまで書いて、ふと目を書棚にやると、諸國の働く女の姿――姿といふよりは、風俗が――服裝が知りたいので貰つた、桑摘み人形の郷土細工がある。背中に籠をしよつたのと、腰にさげてゐるのとがあるが、私が諸國で見かけた娘さんたちは、籠を背中にしよつてゐた。しかも、桑籠に盛りあがつてゐるくらゐはまだ輕い方で、背を丸くして、うつむいて歩くと頭を越すほ
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