堀にゆきますと、わたくしなどの棹のさきへは、赤とんぼ[#「とんぼ」に傍点]がとまつてゐて動きません。それを見てゐるうちに、ふと、思ひうかべるのは、例の
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百尺竿頭更一歩進
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 でした。わたくしは只今、みんなと日光へきて、ホテルで、あわただしい中に、この原稿の責任をはたさうとして、家にゐると、手許の書籍でも引つぱり出して、もつと、氣のきいたことを述べたかもしれませんが、それには、いくらかつくり[#「つくり」に傍点]ものが交りませう。只今この喧《ざわ》めきの中にあつて、すぐに心にうかんできた、この句こそ、つね日ごろ、愛誦してゐたとはいへないでも、心に忘れ得ず、いく分かは、今日のわたくしの、根《ね》として養つてくれた、思想の一部分であることを信じます。で、却て、こんな、幼時から忘れるでも忘れぬでもなく、はなれないでゐるものこそ、自分のもつてゐるいつはり[#「いつはり」に傍点]のないものと心得、ぶざつながらここに小文を呈します。
[#地から2字上げ](「青年太陽」昭和十年十一月)



底本:「桃」中央公論社
   1939(昭和14)年2月10日
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