りの火はふるもひとりの人の涙にぞ足《た》る
その一歩かく隔りの末をだに誰《たれ》かは知りてあゆみそめむぞ
この風や北より吹くかここに住むつめたき人のこころより吹く
この胸に人の涙をうけよとやわれみづからがくるしみの壺
おもひでの翼《つばさ》よしばしやすらひて語れひとときその春のこと
影ならば消《け》ぬべしさはれうつそ身のうつつに見てしおもかげゆゑに
引く力|拒《こば》むちからもつかれはてて芥《あくた》のごとく棄《す》てられにしか
たまゆらに家をはなれてわれひとり旅に出でむと思ふときあり
たたかへとあたへられたる運命かあきらめよてふ業因《ごういん》かこれ
執着も煩悩《ぼんのう》もなき世ならばと晴れわたる空の星にこと問ふ
空《むな》しけれ百人《ももたり》千人《ちたり》讃《たた》へてもわがよしとおもふ日のあらざれば
夢寐《むび》の間《ま》も忘れずと云《い》へどわするるに似たらずやとまた歎けりこころ
むしろわれ思はれ人《びと》のなくもがなあまりに病めばかなしきものを
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[#地付き]――滞洛手帖十四首の中から――
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ふるさとはうれし散りゆく一葉《ひとは》さへわが思ふことを知るかのやうに
ふるさとはさびしきわれの心知れば秋の一葉《ひとは》のわかれ告げゆく
叫べども呼べども遠きへだたりにおくれしわれの詮《せん》なきつかれ
岐《わか》れ路《じ》を遠く去り来《き》つ正しともあやまれりとも知らぬ痴人《しれびと》
夕されば今日もかなしき悔《くい》の色|昨日《きそ》よりさらに濃さのまされる
水のごとつめたう流れしたがひつ理《ことわ》りのままにただに生きゆく
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 震災後|下落合《しもおちあい》に家を求めてからを知っている人が、武子さんの日常を、バサバサしたなつかしみのない、親分の女房みたいだと評し、わざとらしいしな[#「しな」に傍点]をつくるが、電話の声と地声とはちがい、外から帰ると寛袍《どてら》にくつろぎ、廊下は走りがちに歩く、女中にきいてみたら、京都へゆく汽車の中では、ずっと身じろぎもしないで、座ったままだというのに――と、良致さんとの夫妻生活を、およそ男性のもとめるイットのないものとくさ[#「くさ」に傍点]したが、わたしは胸が苦しかった。武子さんはもうそのころ自分の表面的な職分と、自分の心だけでいるときとの、けじめ
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