だが、気転のきいたものが、燃えている蚊帳の裾から、ふとんごと引出すと、そんな騒ぎはすこしも知らずに、そのまま眠りつづけていたので、運の好い子だといわれたときいた。
あたしの眼に、居廻りの家並などが、はっきり印象されるようになった時分の、小伝馬町、大伝馬町、人形町通り、大門《おおもん》通りといった町は、黒い蔵ばかり、田舎とちがって白壁の土蔵は、荷蔵くらいなもので、それも腰の方は黒くぬってあって、店蔵も住居の蔵も、黒くぴかぴか光った壁であった。それに、暖簾も紺、長暖簾もおなじく、屋号と、印を白く染めぬいた紺のれんで、鉄や厚い木の天水桶が店のはずれに備えつけてあって、中にはなかなか立派な、金魚や緋鯉が住んでいた。ちらちらと町に青いものが見えれば、それは大概大きな柳の木だ。奥庭には、松や榧《かや》や木※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《もっこく》や、柏も柚《ゆず》の木も、梅も山吹も海棠もあって、風に桜の花片は飛んで来ることはあっても、外通りは堅気一色な、花の木などない大問屋町であった。
問屋が多いので、積問屋――運送店――の大きいのも、すぐ近くに二軒もあったし、荷馬車がどこかしらに
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