来て見た父は、片っぽの手にとって見てすぐ突きかえしたと、よく母が言っていた。
 父には三人目の子、母には初児《ういご》だが、あたしが生まれたときには、姉も兄も、みな幼死していなかった。清潔《きれい》ずきで、身綺麗だった祖母に愛されたとはいえ、祖母はもう七十三歳にもなっていたので、抱きかかえての愛ではなく、そしてまた、祖母の昔気質から、もろもろのことを岨《はば》まれもしたり、そのかわりに軽薄に育たなかったという賜ものをも得た。
 次へ、次へ、次へと、妹が三人、その次へ弟が二人、また妹が一人と、妹弟が増えて、七人となったが、丁度、二人ばかり妹が出来た時分のこと、コンデンスミルクを次の妹に解いてやったり、その次の子が、母親の膝の上で、大きな乳房を独りで占領して、あいている方の乳房まで、小さな掌《て》で押えているのを見ると、あたしは涎を流して羨ましそうに眺めていたという。
 二歳ぐらいの時だったのであろう、釣洋燈《つりランプ》がどうしたことでか蚊帳の上に落ちて、燃えあがったなかに、あたしは眠っていたので、てっきり焼け死んだか、でなければ大火傷《おおやけど》をしたであろうと、誰も咄嗟に思ったそう
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