の、だれだかの作で、笑った女の面が、眼も鼻もなく、顔の真中につぼまって、お出額《でこ》と、頬っぺたと、大きな※[#「月+齶のつくり」、第3水準1−90−51]《あご》に埋まってしまって、鼻の穴だけが竪に上をむいた、いかにも親しみやすい平民の女の顔を見たとき、ふっと、おおかめさん一族の女に共通だったものを見て、お面に笑いかけてしまった。けれど、古面の方は眼が糸目なので――開いても柔らかいであろうが――おおかめさんは、小さな眼が、奥のほうで濁った鋭さをもっていた。
おおかめさんとは、大旦那に対する、大内儀《おおおかみ》さんの意味で尊称なのであろうが、自分でいうとおおかみさんになり、出入りの相撲《おすもう》さん×山関がいうとおおかめさんとなる。狼《おおかみ》がいいというものと、大お亀《かめ》の方が縁起がいいというものと、どっちもごっちゃだ。
おおかめさんの御機嫌にさからうと、
「どいつもこいつも、みんな出ていけ。」
と家中のものが、一集《ひとあつ》めに頭から怒鳴られる。お品よく、お品よくと、お附女中から、大番頭さんの女房まで揃えても、ともすると夏は諸《もろ》はだぬぎになったりして、当り屋仲間の細君が、以前から大家《たいけ》だったように勿体《もったい》ぶっているのと、歩調が合わなくなると、
「あのお虎婆め、常磐津《ときわず》もろくに弾けない、もぐり師匠だったのを、わすれやがったか。」
と自分のおさとまでぶちわって、向う角の、蔵造りで、店は格子を閉めてある、由緒ありげに磨きあげて、構えこんでいる黒光りの角蔵《かど》を睨《にら》んで、その奥座敷におさまる比丘尼《びくに》婆の、絽《ろ》の十徳を着た女隠居に当りちらすのだった。
おおかめさんは八丁堀の古着屋の娘、近所の古鉄商の若い衆で、田舎出だが色白で、眼鼻立のはっきりしたのに惚《ほ》れこんだのだ。若い衆の方は、金がなくても、夜寝床から裸でぬけだして、駕籠《かご》で飛ばして行くと、吉原で花魁《おいらん》がたてひいたんだと、紳士になってからも、湯上りにはすっかり形式をかなぐりすてて、裸になって、手拭を肩へかけ、立膝《たてひざ》でお酒をのんで、土用のうちでも、蔵前のどじょう汁だとか、薬研堀《やげんぼり》の鯨汁好みが、汗をふきふき、すっかり紳士面になりきってしまった仲間をこきおろすのだった。平日《ふだん》は重い口が、顔が赤銅色に染ま
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