だろうと思った。しかし、環菊のお田之はそれは美しい女に描いてあるが、曙山という女は汚らしかった。だから言った。
「あの女《ひと》、気狂い?」
すると、お金坊は金切り声を張りあげて、
「おッさん、曙山さんのことを気狂いかって!」
「悪い子がいるね、誰がわたしのこと気狂いというた。」
太い声がモッタリといって、こっちを振りかえった。
「あの女の人、黒い汚ない顔だって。」
「フン、黒うても白うなる、白粉《おしろい》つけて美しうなって見せてあげる。――金坊、おッさんに白粉《おしろい》だしてもろうとくれ。」
あたしは怖気《こわげ》だった。気狂いが、白粉をつけだしたりしてどうなるのかと――
丸い手鏡を片手に持って、白粉刷毛《おしろいばけ》でくるくる顔をなでまわしていた曙山さんは、傍らにいるおもよどんや、お金ちゃんを顎《あご》でつかって、紅《べに》をとれの、墨をかせのと、命令するように押《おし》つぶした声で簡単にいいつける。
「その手拭《てぬぐい》をおよこし。」
鏡台わきの手拭かけにあった白地に市川という字が手拭一ぱいの熨斗《のし》の模様になって、莚升《えんしょう》と書いてある市川左団次の
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