「おおこわ、こわ!」
といって、同居の片っぽが帰って来た。そして、姐さんかむりの仲間を見ると、フッと吹出して、
「おかみさんがいるのに、なぜ、いわなかったってたぜ。」
といって、カラカラ笑った――
いまこの人は老女役《ふけやく》になって、生れ土地の関西へ帰っている。
久松町の千歳座《ちとせざ》が焼けて、明治座が建つと、あの辺は一体に華《はな》やかになり、景気だった。芝居小屋がやけて芝居小屋がたつのに、そんなかわりがあるかといいたいほど代った。明治座前に竈河岸《へっついがし》へかけて橋がかかった。川を離れてその橋じりへまで、芝居茶屋が飛んで建ったほどだ。明治座は橋にむかった角で、芝居茶屋は右手に並んでやまと、はりまやと五、六軒、通りをへだてた横に日野屋さぬきや六、七軒、楽屋口うらに中村屋が一軒、みんな大間口の素晴《すばら》しい店だった。茶屋は揃って、二階に役者紋ぢらしの幕を張り、提灯《ちょうちん》をさげ、店前《みせさき》には、贔屓《ひいき》から役者へ贈物の台をならべた。劇場の表飾りもまけずに趣好をこらし、庵《いおり》看板をならべ、アーク燈を橋のたもとに点《つ》けたので、日本橋区内に
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