彼女はいった。彼女は彼の家の火鉢の前に座るべき正妻の権利を第一にもちうるものは自分だと信じてるのだ。だから障子をガラリとあけた。
「どなた――」
ぼやけた声がする。
はて! 女もさすがに躊躇《ちゅうちょ》した。
「あたしです。」
「あたしって、どなた?」
彼女は、自分の位置であるべきもののような問方《といかた》をするのが小癪《こしゃく》にさわった。けれど、来たわけをいわないわけにはいかない。
「××さんはいませんか?」
「ええ、まだ帰らないんですよ、あきれっちゃうじゃありませんか、何処《どこ》をウロウロしているのだか。」
女はギクリとして障子の中を覗《のぞ》いた、そこには、姐《あね》さんかぶりの後むきが、小意気な半纏《はんてん》を着た朝の姿で、たすきをかけて、長火鉢《ながしばち》の艶拭《つやぶき》をしていた。
「まあ! あなた、おかみさん――」
女は、しどろな言葉で挨拶《あいさつ》して、来た時の勢いとは、くらべものにならないしょげかたで、どぶ板に、吾妻下駄《あずまげた》の音を残して帰っていった。
なんだろうまあ、あの女は折角来たのに、用向きもいわないで――と思っていると、
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