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と羽根つきながら風が出てくると呪《まじな》いに唄う大川端の下邸跡《しもやしきあと》である。向岸には大橋の火の見|櫓《やぐら》があって、江戸風景にはなじみ深い景色である。細川下邸の清正公門前の大きな椎《しい》の木の並んだ下には、少壮時代の前かけがけ姿の清方《きよかた》さんが長く住まわれて、門柱に「かぶらき」と書いた仮名文字の表札がかけてあった。それより前のことだが、清正公様の傍《わき》に歯をいたくなく抜いてくれる家があるというのでいったら、小さな家で、古い障子を二枚たてて、歯みがきを売っている汚いおじいさんが抜いてくれた。大きな樹《き》のうれ[#「うれ」に傍点]に、小さい蚊虫《かむし》がフヨフヨと飛んでいる夕暮れでうす暗い障子のかげで、はげた黒ぬりの耳盥《みみだらい》を片手にもたせて、上をむきなさいといわれた。おじいさんの膝頭《ひざがしら》に頭のうしろをもたせかけ、仰向《あおむ》けにさせられると、その腐ったような顔とむきあった。おじいさんはやっとこ[#「やっとこ」に傍点]みたいなものをもっている。怖いから眼をつぶったら、ガクリと音がして揺《うご》いていた歯が
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