》を禁じ得なかったのだ。
「ヤア爺《じい》さん!」
とかなんとか、笑った男が笑われて幕の囲いにはいり、テレくさそうに出てくるのだ。ばかな奴《やつ》ら! その水で盃《さかずき》をそそぎ、その流れで手拭《てぬぐい》をしぼって頭や胸を拭く、三尺へだたれば清《きよ》しなんて、いい気なものだ。
「玉や――」
 みんなが口をあいて空を仰ぎ見る。だがなんと、暗い河の水の油のように重くぎらぎらすることぞ! 水面《みず》を見ると怖い。
 アンポンタンは父親の膝《ひざ》を枕《まくら》にしてボンヤリしていた。もう、そろそろ船が動きだした。あたしは大きくなってからもそうだが、賑やかなあとのさびしさがたまらなくきらいだった。ことに川開きは、空の火も家々の燈も、船の灯も、バタバタと消えて、即《たちま》ちにして如法暗夜《にょほうあんや》の沈黙がくるからたまらなく嫌だ。遠くの方へ流れてゆく小さなさびしい火影《ほかげ》と三味線の音――小さい者は泣くにもなけない不思議なわびしさに閉じこめられてしまう。
 そのまだ、それほど船がバラバラにならない前、すっと摺《す》れちがった屋根船から、
「あら――さんだ!」
というと、これ
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