い顔に山高帽子をかぶって出てきて、車に載った。見物人はざわついた。
「しうかだ、しうかだ。」
「松島屋だ、我童《がどう》だ。」
「違う時蔵だ。」
みんな役者の名である。あんぽんたんは通弁さんだということを知っているからニコリと笑った。すると、通弁さんもニコリと笑った。青い顔に、薄芋《うすいも》があって鼻が高い。
見物たちはきまり悪くもなく、しうかだの、時蔵だの、我童だのと取り廻いて騒いだ。車が曳《ひ》きだせないので、通弁さんは車の上から、
「あぶない、あぶない。」
なんて、技巧的に、やや身を前|屈《かが》みにして、手を出して制した。そして反身《そりみ》になって車を飛ばせた。前綱は片手をグルグル振って、見送られているので得意に駈《か》けた。
あんぽんたんがポカンとしていると、近所の女たちはいった。
「いいわねえ、あなたのとこ、役者がくるのねえ。」
私は返事に困った。その通辞さんが、廿万円の火災保険の最初の詐欺をしたのだ。その時分日本にはまだ保険事業はなかった。外国との契約にしても早い方なのであろう。
この事件も、どんな風にまたどう繋争《けいそう》したかということが知れたら面白
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