くもあり、一つの記録ともなるであろうし、清水という人の性格もしっていたら書きたいが、子供心にはそうたいした事件《こと》であろうと思うどころか、覚えていたのが不思議なほどの、かすかな聞きかじりだ。老母《はは》にきいても、ぼんやりと、そんなこともあったっけというだけにしか覚えていない。
 ある朝、お父さんが新聞に眼を通していると、横浜山手の、ある商館番頭の新築の家が焼けたと出ていた。それを見ると、父は「ああ、やったな。」と叫んだと、老母は言った。
 その家には外国の火災保険がついていたのだ――
 家財はその前に運び出してある。細君は東京によこし、自分とコックだけだったのだ。だが、彼は服罪しない。獄にもいれられた。だが、保険金は手にはいったのだ。商館では腕ききな番頭なので彼の下獄に困らされて、罪にしたくないといったのだとか。
 とりとめもない記憶だが、私はこの二人の人を思出すと、時代の子という感を深くする。この人たちのそうした道にゆく心の動きと時代相を、もっとよく知ってるものにきかせてもらったならば、鬱勃《うつぼつ》たる野心と機智をもったこの男たちが、どんな気持ちで田舎侍の権官らの躍るにまか
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