人の前で、
「とても駄目です、僕は軍艦《かん》でも、もの[#「もの」に傍点]にならない方の、その中の一番しまいです。」
「まあ、やって見な、おれが対手《あいて》になってやろう。」
 父が少尉との最初の盤にむきあってすぐ負けた。若い軍人は言った。
「お父さん負けてくだすったんです、そんなはずはありません。」
「そりゃそうだろうとも、さあお出なさい、こんどは僕だ。」
 藤木宗匠が向った。父は変な顔をして黙っていた。勿論チンコッきり宗匠もすぐ負けた。
「妙だね、こりゃおつ[#「おつ」に傍点]だよ、以心伝心《いしんでんしん》、若いものに華《はな》をもたせようとするのかな。湯川|氏《うじ》はそうはいかないぜ。」
「いや、拙者はどうも。」
 木魚のおじいさんは目をクシャクシャとしばたたいて、蟇《ひきがえる》のようにゆったりしている。だが、結局はやっぱり負けた。若い少尉はころがって笑った。
「僕より拙《まず》いものがあるなんて――これじゃ碁じゃない……」
「碁じゃないって? 碁じゃない、碁じゃない、こちゃゴジャゴジャだ。」
 藤木さんも黄色い長い歯を出して笑った。
 しかし、そうしたのんきな生活《く
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