はいて大門通りを通り、近所の小学校へつとめに来られては肩味がせまいという理由のもとに抗議をもうしこんだ。そのためにあんなおじさんのところへお嫁入りをさせられたのだと、明治十何年か時代のモダン女性は、平凡に――あんまり平凡になりすぎた運命をよく嘆いていた。
 ある日|坂本《さかもと》に昼火事があって、藤木さんは義妹《いもうと》の一人子を肩にして見物していたが、火勢が盛んなので義妹にも見せたくなって呼びにかえった。自分の見世物のように、勢いよく燃えあがっている火事を眺めさせていると、根岸の方に飛火があると騒ぎだした。とって返して見ると見当がわるい、自分たちの方角だ。おやおやと駈《か》けつけて見ると、住居の茅《かや》屋根が燃て、近所の人たちが消ていてくれた。
 飛火は消えた。どうやら半焼――それも戸棚の中だけですんだというので、狂気のように家の中にはいって見ると、戸棚の中味だけがすっかり焼けつくして――やっと、どうにかなりかけた藤木の品《もの》ばかりでなく、田舎からはこんで来た義妹の家財は一物も満足なのはなく、一緒にして鞄《かばん》へ入れておいてもらった両家の家禄奉還金《かろくほうかんきん》
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