に自分の子供の前より安心させ気楽に思わせたのかも知れない。
 自宅《うち》にいると皮肉やで毒舌で、朝から晩まで女房に口小言をいっている藤木さんも、アンポンタンには馴染《なじみ》深い面白い大人だった。あたしは玄関の八畳で、角火鉢の大きなのにあたっている彼の顔を穴のあくほどマジマジと見ていることがあった。子供心には、それから十年も十五年もたった後の顔と、そんなに違わなかったように思えた。眼は青かったが、その眼は高すぎる鼻の方へ引っぱれて、猿猴《えんこう》にも似ていたが、見ようでは高僧にでもありそうな相もあった。やや下卑《げび》ていたこともたしかだった。福は内の晩に――年越しの豆撒《まめまき》の夜――火鉢の炭火のカッカッと熾《おこ》っているのにあたっている時、あたしは祖父さんの遺品《かたみ》の、霰小紋《あられこもん》の、三ところ家紋《もん》のついている肩衣《かたぎぬ》をもってきて藤木さんの肩にかけて見た。すると藤木さんは言った。
「チョン髷《まげ》に結《い》っておくれ。」
 あたしは前かけをとって、彼の頭にチョン髷を結びつけた。小僧さんのする盲目縞《めくらじま》の真黒な前かけでもあることか、
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