や、別に、悪いもんでも、叱られるよな薬でもないが、チト強いでナア。虎の血と、蛇と――もひとつ……」
 猛獣の血と蛇の何かと、もひとつのものを乾し固めて粉にしたのを持って来て、分量はとにかく、八十上の老女に飲ませようとしたガムシャラな勇気におどろいてしまった。
 肝心なおばあさんはモガモガこんなことを言った。
「とろけてしまうなんて、まるで惚《ほ》れたようで意気ですこと。おやっちゃん、あたくしゃ葡萄酒《ぶどうしゅ》でのみましたよ。」
 なにしろ死んだら牛肉《ぎゅう》のおさしみを仏壇へあげてくれという人だったから、私は驚きもしなかった。
 一年ばかりたった夏の朝、私の寝ている茶座敷の丸窓を、コツコツ叩《たた》くものがある。戸を一枚ひくと、老人が、
「ばあさんがどうも変で――」
 そう言ったなり、竹箒《たかぼうき》をひいて、さっさと木《こ》の間《ま》にかくれて去《い》ってしまった。
 暁闇《ぎょうあん》が萩《はぎ》のしずれに漂っていた。小蝶が幾羽《いくつ》もつばさを畳んで眠っていた。離家《はなれ》の明けてある戸をはいってゆくと、薄暗い青蚊帳《あおがや》の中に、大きな顔がすっかりゆるんでいた。
前へ 次へ
全18ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング