》しい顔をして、私《あたし》のところへいつけに来た。
 誰かが、不用だといっていたインバネスが、身長《たけ》の短《ひく》いおじいさんの、丁度よい外套になりはしたが――

 私の父は晩年を佃島《つくだじま》の、相生橋畔《あいおいばしのほとり》に小松を多く植えて隠遁《いんとん》した。湯川氏夫妻もおなじ構内《かまえうち》に引取られた。七十代の婿《むこ》と八十代の舅《しゅうと》とは、共に矍鑠《かくしゃく》として潮風に禿頭《はげあたま》を黒く染め、朝は早くから夜は手許《てもと》の暗くなるまで庭仕事を励んだ。二人ともに、何が――と。
 一人が嶮《けわ》しい山谿《やまあい》を駈《かけ》る呼吸で松の木に登り、桜の幹にまたがって安房《あわ》上総《かずさ》を眺めると、片っぽは北辰《ほくしん》一刀流の構えで、木の根っ子をヤッと割るのである。寒中など水鼻汁《みずっぱな》をたらしながら、井戸水で、月の光りで鎌《かま》を磨《と》いでいたり、丸太石をころがしていたりする。日和《ひより》のよいころ芝を苅るときは、向うの方と、此方のほうで向いあいながら、
「いや、手前一向に武芸の方は不得手でげしてな。」
「いや、剣法で
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