―」
 盗人は狼狽《あわ》てた。外へ出られてはたまらない――彼の方が一目散《いちもくさん》に飛出すと、おばあさんが後から、
「もしもし貴下《あなた》、おわすれものですよ、なんておそそうな――」
 そう言って着せてやったのは、毛皮のついた外套《がいとう》だった。
 湯川氏が帰るとこの老妻は、盗人を笑った。
「なんてまあ、狼狽《あわて》たお客さんなのか。ねえおじいさん。」
「その人は何の用で、何処《どこ》から来た?」
「それを私《あたくし》が知りますものかね。老父《おじい》さんが御存じじゃありませんか。」
「私《わたし》がなんで知るものかね。」
「へえ? それは不思議だ。私《あたくし》はまた、貴夫《あなた》のお客さまだから、あなたが御存じだと思いましたよ。」
 老人は壁を見ていった。
「私《わし》の外套《がいとう》がないよ。」
「おやまあ嫌だ、あなたが着てお出《いで》になったのに――おじいさん老耄《ろうもう》なさった。」
「ばか言え、わしは着てゆかない。」
 ふと老父さんは、老妻が丁寧にお辞儀をしている頭のさきを、盗人《どろぼう》が、自分の外套をきて出てゆくのを思いうかべた。そして淋《さび
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