ねえ。」
 そこまでがほんとの話で、突然《いきなり》、まつは愁《つら》いとみな仰《おし》ゃんすけれどもなア――とケロケロと唄《うた》いだすのだった。そして小首を傾《かし》げて、
「あれはたしか、長唄《ながうた》の汐《しお》くみでしたっけかねえ。あの踊りはいいねえ、――相逢傘《あいあいがさ》の末かけて……」
と唄いながら無器用な大きな手を振りだす。私《あたし》が吃驚《びっくり》していると、その手でひとつ、招き猫のような格好をしておいて、鼻の下へもっていって差恥《はにか》んだように首を縮めて笑う。
 布子《ぬのこ》の下の襦袢《じゅばん》から、ポチリと色|褪《さ》めた赤いものが見えるので、引っぱりだして見ると、黒ちりめんに牡丹《ぼたん》の模様の古いのだった。綴《は》ぎ綴《は》ぎで、大きな二寸もある紋があった。
 おばあさんの父親|安芸守《あきのかみ》は、白河で切腹したとき、上野の法親王にはお咎《とが》めのないようにと建白書のようなものを書いたのだときいていたが、おばあさんに正すと、遠い昔の物語りでも聞くように目を細めて、そうですよそうですよというきりだった。
「戦争なんて、もうもういやなこと
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