いた姉娘が一日手伝いに来て見ていて、翌日からすぐ隣りあって、おなじ戸板の店を出した。もうその時は、はじめの縁に、遠州で仲人になった旗本――藤木|前《さき》の朝散《ちょうさん》の太夫《だいぶ》の子か孫かが婿で、その若い二人組だった。お客がくると、湯川氏の奥方がお辞儀《じぎ》をしているうちに、
「いらっしゃい、こちらが焼けていますよ。」
といったふうに浚《さら》ってゆく。客は売れるから焼手をふやしたおなじ店だと思っている。老奥方《おばあさん》のお辞儀は段々ふえて、売れ高はグングン減ってゆくが、そんな事に頓着《とんじゃく》のない老媼《おばあさん》は隣店《となり》の売行きを感嘆して眺め、ホクホクしていう。
「お前さん方、もっと此方へお出なすったらよい。どうも私《あたくし》の店がお邪魔なようだ。」
全くお邪魔だといわれたかどうか、とにかく元祖戸板せんべいの店は取りかたづけられた。
真面目《まじめ》な会話《はなし》をしている時に、子供心にも、狐《きつね》につままれたのではないかと、ふと、老媼《おばあ》さんを呆《あき》れて見詰めることがあった。
「祖父《おじい》さんも何時《いつ》帰りますことか
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