うと、しかも十日はどうかと――
 葬式にも間に合わないだろうがと、台湾から出て来た例の虎と蛇薬の婿は、蚊にさされながらブツブツ言った。
「こんな事なら、わしゃ言うとかにゃならぬことや、仕ておかにゃならんことが沢山沢山あったに――おじいさん、どこまで他人《ひと》を困らせる人か、わしゃもう、若いころからこの人のためには、ほん、サンザンな目に逢うとるわ。」
 医者も驚いた。こんな事はないがと――そのくせ死期は来ているのだが。
「おじいさん癌《がん》があったのだね、驚いたなあ、何時《いつ》ころからなんだ。」
 医者にもわからないものが、誰にも分りようはなかった。強い、しどい、刺戟《しげき》のある臭気を、香を焚《た》き、鼻の穴へ香水をつけた綿を挿《さし》て私が世話をすると、その時だけ意識が分明《はっきり》して、他の者には近よらせなかった。そしてお世辞がよかった。
 何に拘《こだ》わっているのか――と私は考えた。
「おじいさん、お酒がほしい?」
 ニコリとしたような表情だ、私は薬指のさきに、薄めた清酒をつけて嘗《な》めさせるとおちょぼ口をした。
「ほう、観音様だな。」
 傍から首を出した妹を見てお
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