月の夜ごろだから、月はなくても空は真暗というほどではない。
離家から、二階にいた中学生の弟が裸で、胸まで水に浸って、探険用の燈火《あかり》をつけてやってきた。二匹の犬がザブザブ泳いで後について来た。
「老爺さんをともかく二階へあげておくれ。」
というと弟が答えた。
「とても駄目だよ、おやっちゃんでも言わなければ動きゃしない。なんてったって、戸棚の前に座って、硫黄をいじくってる。」
「でも水で大変だろう。」
「うん、床が高いけれど、座ってる胸のところへ来ている。」
「硫黄をみんな二階へあげてあげるといっておくれ。」
「こっちへ連れて来たいが、老人《としより》だから流されるだろう、とても甚《ひど》いや、僕でもあぶない。」
私は突嗟《とっさ》に富士登山の杖《つえ》が浮いてるのをとって、窓の外の弟にわたした。
水が引いたあと、ヘドロを掻《か》くのと、濡《ぬ》れた衣物《きもの》や書籍が洗いきれずに腐って、夜になると川へ流して捨てた。壁は上までシケが浸上《しみあが》っていった。額などは水につかりもしないのにパクパクして、何もかもが病気になった状態だった。私は二人の老人の健康を気づかった。
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