る姿が蟇《ひきがえる》のように悲しかった。
 私ひとりを便《たよ》りにでもしているように、私がものを書いている窓に来て一言二言ずついった。野球のミットのような掌《てのひら》を広げると、土佐絵に盛りあげた菜の花の黄か――黄色い蝶をつかんできたのかと思うほど鮮かな色があった。
 彼の試練からとれた硫黄だった。
「これをひとつ、お見せくださらんか。」
 老爺さんの頭には、その時、時の知名の成功者たちの名がうかんでいたに相違なかった。
「実業家や学者にもお近づきがあるでしょうから。」
 鮮かな黄色は、私の黒ぬりの机の上にこぼれた。老爺さんは懐《ふところ》から部厚な書きものを出した。
 硫黄採煉明細書と版に彫ったように正しく表書《おもてがき》がしてある。
「硫黄は釜《かま》が痛むものでしてな。」
と老爺さんはやっと発明した製煉釜のことを手真似で話した。私は老爺さんの心根を思って、駄目と知りながら知己《ちき》の鉱山所長にその明細書を見せたら、その人は首を振っていった。
「惜しいことにみんな外国で発明しられてしまっている。機械はもっと簡便に出来る。だが九十の老爺さんが、よく実地から此処《ここ》まで考
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