》しい顔をして、私《あたし》のところへいつけに来た。
誰かが、不用だといっていたインバネスが、身長《たけ》の短《ひく》いおじいさんの、丁度よい外套になりはしたが――
私の父は晩年を佃島《つくだじま》の、相生橋畔《あいおいばしのほとり》に小松を多く植えて隠遁《いんとん》した。湯川氏夫妻もおなじ構内《かまえうち》に引取られた。七十代の婿《むこ》と八十代の舅《しゅうと》とは、共に矍鑠《かくしゃく》として潮風に禿頭《はげあたま》を黒く染め、朝は早くから夜は手許《てもと》の暗くなるまで庭仕事を励んだ。二人ともに、何が――と。
一人が嶮《けわ》しい山谿《やまあい》を駈《かけ》る呼吸で松の木に登り、桜の幹にまたがって安房《あわ》上総《かずさ》を眺めると、片っぽは北辰《ほくしん》一刀流の構えで、木の根っ子をヤッと割るのである。寒中など水鼻汁《みずっぱな》をたらしながら、井戸水で、月の光りで鎌《かま》を磨《と》いでいたり、丸太石をころがしていたりする。日和《ひより》のよいころ芝を苅るときは、向うの方と、此方のほうで向いあいながら、
「いや、手前一向に武芸の方は不得手でげしてな。」
「いや、剣法でもなんでもあのコツだ。どうして、霧にかくれるというが、あなたの豁谷《たに》を渡るあれだ、あの※[#「口+息」、159−10]吸といったら、実際たいしたものだ。」
「いやどうも、そう仰《おっ》しゃられては汗顔のいたりだ。」
――だが、私が松の木の上にいる父を、老人《としより》の冷水《ひやみず》だとよびにゆくと、小さな声で、
「じいさんはやめたか?」
と訊《き》く、湯川老人の方へゆくと、
「や、もう、お父さんの若いこと若いこと、感服のいたりだ。」
と腰をのばす。この、老《おい》たる婿と、舅《しゅうと》と姑《しゅうとめ》が、どうした事か、毎日の、どんな些少《ささい》な交渉でもみんな私のところへ、一々もってくるのだった。三人の老人が、年寄らしいイゴで三すくみのかたちで、不平も悦《よろこ》びも感謝も、みんな私のところへもってくる。
「婆さんが腰をぬかして――なんともうす腑甲斐《ふがい》ない女《やつ》か。」
湯川老人がそう言ってゆくと、入代《いれかわ》りに父が来て告げる。
「祖母《ばあ》さんが築山《つきやま》に座って、祖父《じい》さんに小言をいわれている。早く行ってやれ。」
おばあさんは私の
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