たすぐあとだった。父はヘトヘトになって帰って来て座らないうちにいった。
「出来るだけのことならしてやろうよ、あの年でたいした気根《きこん》だ。」
 あの老人が山へはいると仙人のように身軽になって、岩の上なんぞはピョンピョンと飛んでしまい、険《けわ》しい個所ではスーッと消てしまったように見えなくなる。気がつくと遥《はる》か向うでコツコツ何かやっている。さながら、人跡未踏《じんせきみとう》の山奥が、生れながらの住家のようで、七十を越した人などとはとても思われない。山の案内人などの話でも老爺さんが一足|踏《ふ》み入れて、あるといった山に硫黄のなかったためしがなく、歩いていると、ふと向うの山の格好を見て言いあてる。土地の者たちも神様のように言っているというのだった。
「だが、宿は温泉だといっておいて赤湯だの、ぬる湯だのと、変な板かこいの小屋へ連れていって、魚の御馳走《ごちそう》だといって、どじょうを生《なま》のまま味噌汁《おつけ》の椀《わん》へ入れられたには――」
とすっかり閉口していた。でも、どうやらこうやら父から出資させる事になって老爺さんは欣々《きんきん》と勇んだ。情にもろくって、金に無
前へ 次へ
全22ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング