の?」
「出てくるがなんともしない。」
「どんな風にしているの?」
「紙帳《しちょう》とていってな、紙で張った蚊帳《かや》みたいなものを釣って寝るのだ。寒さよけにもなるしな、火を焚《た》いておくと、熊はくるがおとなしいよ。」
私は熊の子と友達になってもいいなという気持ちになる。紙帳のことは『浅間《あさま》が嶽《だけ》』という、くさ双紙《ぞうし》でおなじみになっている、星影土右衛門という月代《さかゆき》のたった凄《すご》い男が、六部の姿で、仕込み杖《づえ》をぬきかけている姿をおもいだし、大きな木魚面の、デコボコ頭の、チンチクリンの老人を凝《じっ》と見詰《みつ》めた。
「おじいさんは硫黄山へ何もかもつぎこんでしまったのだって?」
「出来上ればみんなを悦《よろこ》ばせるのだが――」
おじいさんは、版下を書くように、細かく綺麗《きれい》な字を帳面一ぱいに書きつけたのを出した。分らない私にも説明しようとした。四寸ばかりな算盤《そろばん》をだして幾度《いくたび》もはじいた。
老爺さんの根気に負けて、父が福島県下へ連れてゆかれたのは、磐梯山《ばんだいさん》だか吾妻山《あずまさん》だかが破裂し
前へ
次へ
全22ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング