皆をよろこばせる。」
もうその頃は七十位だったのであろうが、遠くへ単独《ひとり》でゆくような様子だった。
「味噌も米も困らないように送ってあるから。」
と彼の老妻はつぶやくようにいった。そしてみんなが何処《どこ》へか送っていった。
「牛肉の佃煮《つくだに》でも送ってやったら――」
父がその後、母にむかっていっていた。
「だが、今度もあてにはならないぞ。」
そういうふうに彼は二年も三年も漂然《ひょうぜん》といなくなって、現れるとムッツリとした風貌《ふうぼう》を示し、やがてまた人々に送られて、至極満足そうなニコニコ顔で出かけた。
そうした祖父の存在は子供たちからは忘られがちで、外祖母は末の娘と二人で住んでいるものだとばかり思った。上野下の青石横町に住んでいたころも、根岸のお行《ぎょう》の松のすぐきわに、音無川の前にいたころもそうだった。老嬢《おうるどみす》になった娘のミシン台とたんすが一棹《ひとさお》あるきりのわびしい暮しかただった。どうしてこんなにガランとしているのかと思ったが、それはみんな湯川氏が硫黄《いおう》発見に入れこんでしまうのだった。たまたまとまりにいった時、祖父が帰っ
前へ
次へ
全22ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング