ト》をマントのように着て手拭《てぬぐい》で咽喉《のど》のところに結びつけていた。山籠《やまごも》りから急に自分の家にもゆかず長谷川|氏《うじ》をたずねて来たのである。いそがしい父の小閑《ひま》を見ては膝《ひざ》をすりあわせるようにして座りこんでいた。いつも鉱山《やま》のことになると訥弁《とつべん》が能弁《のうべん》になる――というより、対手《あいて》がどんなに困ろうが話をひっこませないのだ。父は他人《ひと》の紛糾《ふんきゅう》事件で家族に飯をたべさせているのだから、煩《わずら》わしいことをきくので頭が一ぱいであったろうに、例の大木魚の顔がムズと前に出たらダニのように離れない。私は子供ながらハラハラした。父の前からはなるたけ離れているように家族は心懸けている。父も子供にも小言もいわない位に離れているのに――で、私は好奇だからでもなんでもなく、なるだけ大木魚の老爺さんの顔を自分の前にもってくるようにした。一体アンポンタンは家のものから遠ざかってポカンとしてばかりいたのに、木魚の老爺さんとだけ話をするのでよっぽど妙だったかもしれない。
「おじいさんに恐山《おそれざん》へでも連れてってもらうがいい。熊とおじいさんと三人で住むんだ。」
そんな事を大人はいって笑った。
アンポンタンと湯川氏はポツンポツンと問答をはじめる。
「おじいさんの頭はどうしてこうデコボコになったの?」
「小笠原島で亀《かめ》の子の卵をあんまりたべたので、勢《せい》がついてデコボコになってしまった。」
「小笠原島の亀の子って、大きいの?」
アンポンタンは、背中に題目を彫られた大きな亀がつかまって、も一度海にはなされるとき、お酒をのませたのを覚えていて、その二尺五寸もある甲を思いうかべていた。
「そうだよ、大きな亀の子が揃って出て来て、浜の砂を掘って、ズラリと並べて卵を生んでゆくのだ。人間はそれを盗むのだからいけないな。」
「おじいさんも盗んだの?」
「そうだよ、盗んで幾個《いくつ》も食べた。」
「なんのために食べたの?」
「長生《ながいき》をするためにさ。」
「何故《なぜ》?」
「硫黄を――質《たち》のいい硫黄を製造して――硫黄の出る山はウンと見てあるのだけれど――お前のお父さんが承知さえしてくれれば……」
おじいさんは刀豆《なたまめ》煙管《キセル》をジュッと吸った。
「恐山《おそれざん》に熊が出る
前へ
次へ
全11ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング