ってくる、自分の子でも私の父には、少年が背負されて来た葛籠は見せたくなかった。
「おやそ、こんな葛籠はなぜ焼いてしまわなかった。お前はなぜ猪之《いの》をおぶってすぐに来なかった。」
と、少年の母が来るとすぐ祖母は激しくいった。だが、いかにも後家相《ごけそう》をした、色の黒い、小欲で眼の光っている、痩《や》せた長顔の、綿入れを三枚重ねて着て、もてるだけの荷物の包を両手にさげて、転がったら最後焼け死んでしまいそうなかたちしたおやそさんは、いまや息子のことよりは荷物だった。
「葛籠はまいりましたか?」
と洒然《けろり》として訊《たず》ねた。
哀れな少年猪之さんは寒夜の火事と、重い葛籠が災いして死んでしまった。
テンコツさんは大屋さんから立派な家主さんに代った。人形町通りも半分焼けたので銀座に似た煉瓦建《れんがだて》になった。その幾軒かはテンコツさんの持家であった。住居も紳士風にした。石のような羊羹《ようかん》を紙に包んでくれなくなった。
大きな納屋《なや》――物置きが母屋から離れたところに出来たと思ったらその隅に床をつくり、畳を二畳ばかり敷いておやそさんのいるところが出来た。沢庵桶《
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