春大学を出る法律書生の、父のたった一人の甥《おい》もいたから、家のものは案じきっていた。
と、大通りの勢いのよい人たちに突きのめされながら、薄いきもの一枚で、葛籠《つづら》を肩にした青い少年がフラフラと現われた。待ちには待っていたが、手厚く連れてこられるものとして待ちかまえていた女たちはそれを見ると戦慄《ふるえ》た。長病《ながわずらい》の少年が――火葬場《やきば》の薬《くすり》までもらおうというものが、この夜寒に、――しかも重い病人に、荷物をもたせて、綿のはいったものもきせずに――
母一人《ははひとり》子一人《こひとり》なのに――なにがほしいんだ、祖母はグッと胸に来たらしかった。全然|肌合《はだあい》のちがう嫁ではあるが――祖母には、その少年がたった一人の男の孫であり、その子の母親は私の父の兄の後妻であった。父の兄は維新後の世の中のゴタゴタのころ、懐に金を入れて出たまま行衛《ゆくえ》不明になって、幼子と後妻だけが残ったのを、家を売った金や残りのものと一緒に実家《さとかた》の兄、テンコツさんの近くへいっていた。
少年は暖かい床に入れられ、私の母に静かにさすられていた。祖母はやがて帰
前へ
次へ
全19ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング