んまりで袋物の細工をして、時折トントンと小さい木槌《きづち》の音をたてるばかりだった。母親がおやそさんやテンコツさんの姉さんで、額の大きい、落ちくぼんだ大きな眼――この人は美人だったと思われたが、しどくしどく貧乏にやつれて、骸骨《がいこつ》みたいな顔をしていた。おきみさんという娘は父親似で、大きなふっくりした顔と、フンダンな髪の毛をもっていたが、人がよすぎてポンとしていた。父親の善兵衛さんは、名の通りの人物で、今なら差当り、クラシカルなモデルにでも役にたとうが、そのころでは高い鼻と豊頬《ほうきょう》とのもちぐされで、水鼻をたらして、水天宮様のお札を製造する内職よりほか仕事がなかった。
「六喜美さんは好いお弟子が沢山あるけれど、勝梅さんはお前がいかないと困るのだから。」
と説きおとされて厭々通うことになった。最初は何も教えてはくれなかった。毎日一、二段ずつお浚《さら》いのように唄《うた》わされた。まあ、助六を知っていますか? ではそれを――勧進帳《かんじんちょう》も? 牛若も? まあ、あれも? これも? いい声だいい声だとそやされて無中になって唄った。しまいには、兄さんが体がわるいので気
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