ちが笑うと、小さな眼をとんがらして怒った。なまけ学生だったに違いないのは、本箱に入れてあるものは、三遊亭円朝《さんゆうていえんちょう》作の人情咄《にんじょうばなし》だった。時折女中たちに目っかって喧嘩《けんか》の時に言いだされてしょげていたが、子供たちに威張《いば》るときは、円朝の凄味《すごみ》で眼をしかめたり、声を低くしたりした。
 旗本|加頭《かとう》一家、三人兄弟は、一番上の義輝《よしてる》が凄かった。それこそ、巌夫が円朝の怪談ばなしでやるより真の凄味だった。ある日、あたしはお稽古《けいこ》がおくれて、日が暮てから帰ってきた。そのころ、まだ燈火の種類がさまざまだったので、花|瓦斯《ガス》が店の屋根にチカチカ燃ているかと思うと家の中は行燈《あんどん》であったりする。あたしの家も洋燈《ランプ》の室《へや》もあれば、行燈もあるし、時によると西洋|蝋燭《ろうそく》をたてた硝子《ガラス》のホヤのある燭台も出ていたりした。
「ただいま。」
といって奥の間へ行くと、行燈の横に座って、うつむいて御飯を食べているものがあった。あたしは何の気もなく蔵前《くらまえ》にいって、階段に足をかけながら振りむ
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