《きび》しくしてくれと頼んでいる様子だった。
おまっちゃんは強情だった。二人がお灸《きゅう》を据えられるとき――私の家では、一日に二度も三度もお灸の出る時があった。甚《はなはだ》しい時は、お灸を据えられて後泣《あとな》きをいつまでもしているからといってはまた据えられた。灸は薬だからと、灸好きの祖母が許すので、疳癪《かんしゃく》もちの母は、祖母へ対して不服な時も、父へ対して不満なときも、子供の皮膚を焼いた。痩《や》せた女《ひと》の股《もも》ほどもある腕をもっている体格の、腕力の強い母親だった。ドサリと背中へ乗りかけられてしまうと、跳返《はねかえ》すことなどは出来なかった。妹は秘蔵っ子だったが、それでも仕置の時だけは別で、強情な彼女は腕を脱《ぬ》いたりして、小伝馬町の骨接《ほねつ》ぎの百々瀬《ももせ》へ連れてゆかれた。ある夏の夕方、彼女が麦藁帽《むぎわらぼう》をかぶって、黄麻《こうま》の大がすりの維子《かたびら》を着て、浅黄ちりめんの兵児帯《へこおび》をしめて、片腕ブラリとさせて俥夫《しゃふ》の松さんに連れられて百々瀬へ行く姿を、あたしは町の角で、夕霧《ゆうもや》にうすれてゆくのを見送りながら大声で泣出したくなったのを覚えている。そんな風なので、お灸の時、あたしは滝にうたれたように、全身の膏汗《あぶらあせ》にヘトヘトになってしまっているが、おまっちゃんは何処《どこ》までも反撥《はんぱつ》した。お小用だというのが癖で、それで手をゆるめると逃るので、出たければしてもよいというと、小さな彼女はもうお灸の熱さも、乗っていられる苦しさも忘れて、出もしないお小用を絞りだそうと一生懸命になり、目的通りにやると、も一層激しい憤《いきどお》りを母から受けるのであった。
だから学校でもよく残された。あたしもお相伴《しょうばん》をさせられる。課業のあるうちは、黒板の下へお線香と|茶碗の水《おみず》をもってたたされるのだが、彼女は笑いながら水の中へ線香を突込んで火を消した。お残りは、広い教場へ二人だけ残されるのだ。机を積み重ねた上を渡ったりして二人は仲よく遊んだが、臆病《おくびょう》だったあたしは、夕暮ぢかくなると悲しくなりだした。あたしは別に残っていなくてもよいのだが、どうしても妹を残して帰れないので――そんな時、意地悪く家からはお礼を言いに使いが来たりした。
もうよい頃と見ると、秋山先生が、まずあたしだけを部屋へよんで、お茶をくんでくれて、ぼた餅《もち》をとってくれたりする。すると、きっとあたしが泣き出すので、それからおまっちゃんを連れにゆく。おまっちゃんにもおなじようにぼた餅をとってやる。
暮れかかった町を、二人の幼い姉妹が連れだって帰ると、後の方から離れて、秋山先生がそっと送ってついてきてくださる――
秋山先生は女の子の仲間にいると女親のようにものをいった。ある春の日、山吹きのしん[#「しん」に傍点]をぬいて、紅《べに》で染めて根がけにかけてきた小娘《こむすめ》が交って、あたしのお座をとりまいていた。あたしはいつもの通り石盤へ人間を2の下へリの字をつけたような形に描いて、昨日の続きの出たらめ話をしているときだった。
「金坊《きんぼう》、沈丁花《ちょうじ》の油をつけてきたね。」
と通りがけに先生が言った。金坊とよばれたのは古帳面屋の娘で、清元《きよもと》をならっている子だった。ニコリと笑った、前髪から沈丁花の花をだして見せた。
この学校の向うに、後日《ごにち》あたしが生花《いけばな》を習いにいった娘の家で、針医さんがあった。もすこしさきへゆくと、塀ぎわに堀井戸があって、門内に渡り廊下の長い橋のある馬込《まごめ》さんという家があったが、そこの女中がお竹大日如来だったのだといって、大伝馬町の神輿《おみこし》の祭礼《おまつり》の時、この井戸がよく飾りものに用いられたが、ある時は団七九郎兵衛の人形を飾り、ある時はその家にちなんだお竹大日如来がお米を磨《と》いでいて、乞食《こじき》に自分の食をほどこしをしているのだった。
その隣家《となり》に清元の太夫《たゆう》とかいう瓢箪《ひょうたん》の紋の提灯《ちょうちん》をさげた駄菓子屋があった。石筆や紙や学校用品を売っていたが、売手のおかみさんが上手なので、近いところよりも、生徒はそこに集まった。おかみさんは学校用品よりも、青竹の筒にはいった砂糖|蜜入《みつい》りのカンテンや、暑くなるとトコロテンの突いたのをお皿に盛って買わせた。おかみさんはよく話した。清元のお師匠さんをしている自分の旦那《だんな》が、非常に声がよかったので仲間にねたまれて、水銀をのまされたので、唄《うた》う方が出来なくなったので、仕方なしに三味線の稽古《けいこ》をしているのだと、芸人のかなしみを、子供が感じるようにしみじみというのだっ
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